ディスレクシアは言語が変わるとどう見える?― 日本語と英語の読み書きの違いから ―

ディスレクシア月間の10月、3人でお届けしてきた連載も最終回です。昨年、20年以上ぶりに改訂されたディスレクシアの定義では、困難の現れ方が書記体系によって異なることが明記されました。日本語と英語では、ディスレクシアはどう違って見えるのでしょうか。二つの言語の読み書きと、小学生の英語学習から考えます。
川﨑・奥村・荻布 2026.10.24
サポートメンバー限定

3人の先生のニュースレターは、こどもの発達や障害、広く保育や教育に関して気になるニュースや最新の研究を取り上げます。川崎・奥村・荻布のそれぞれの専門性を活かしながら子どもの発達支援や教育・社会福祉のエビデンスを深堀し、経験値をエビデンスとして皆様の生活に還元しようとする試みです。根拠の乏しいハウツーとは一線を画して、間違いの少ない情報を届けたい人に届けていくことを目標にしています。

ディスレクシアの定義が変わった

 2025年、国際ディスレクシア協会(International Dyslexia Association:IDA)が、ディスレクシアの定義を20年以上ぶりに改訂しました。これまで広く使われてきた2002年の定義では、正確で流暢な単語認識や綴り、デコーディングの困難とともに、その背景として「言語の音韻的側面の弱さ」が中心的に位置づけられていました。

 新しい定義にも、単語を正確に、あるいは速く読むことや、綴ることの困難というディスレクシアの中心的な特徴は引き継がれています。一方で、今回の改訂では、私が特に気になった一文が加わりました。こうした読みや綴りの困難は、用いる正書法(orthography)によって異なるという点です。つまり、ディスレクシアがあるからといって、どの言語、どの文字体系でも、まったく同じように困難が現れるわけではない、ということが定義そのものの中に明記されました。

 もう一つ大きく変わったのが、ディスレクシアの背景にある認知的な特徴の捉え方です。音韻処理の弱さは、現在でもディスレクシアと強く関連する重要な特徴です。ただし、新しい定義では、音韻処理や形態処理の弱さは「よくみられるが、すべての人に共通するわけではない」とされています。ディスレクシアの背景は、一つの原因だけで説明できるものではない、という現在の研究の蓄積が反映されています。

 もちろん、これは「言語が違えば、まったく別の障害になる」という意味ではありません。共通する読み書きの困難がありながら、どの困難が目立ちやすいのか、どんな認知的な特徴が関わりやすいのかは、使っている言語や文字体系との組み合わせによって変わりうる、ということです。

 そして新しい定義にはもう一つ、後半でもう一度取り上げたい大切な点があります。それは、こうした困難が、同年代の子どもには有効な指導を受けてもなお持続するという記述です。

 では、なぜ使う言語や文字体系が変わると、ディスレクシアの「見え方」も変わるのでしょうか。まずは、日本語と英語では、そもそも「読む」ときにどんな違いがあるのかを見ていきます。

言語が違えば、「読むときに求められること」も違う

 私たちは普段、ひとまとめに「読む」といいます。でも、書かれた文字から音にたどり着くまでの道筋は、どの言語でも同じというわけではありません。文字と音がどのくらい規則的に対応しているのか、どのくらいの大きさの音を手がかりにして読むのかは、言語や書記体系によって異なります。そして、この違いが、読みの習得の仕方や、ディスレクシアの現れ方にも関係すると考えられています(Ziegler & Goswami, 2005)。

 たとえば英語は、アルファベットを使う言語ですが、文字と音の対応はそれほど単純ではありません。同じ文字でも、単語によって異なる音で読まれることがあります。そのため英語を読むには、文字と音との対応を学びながら、単語の中に含まれる音を細かく捉える力も重要になります。英語圏のディスレクシア研究で、音韻処理の弱さが長く注目されてきた背景には、こうした英語の特徴もあります(Wydell, 2023)。

 一方、日本語は少し事情が違います。日本語では、ひらがな、カタカナ、漢字という異なる文字体系を組み合わせて使っています。仮名は、英語に比べると文字と音との対応が規則的で、基本的にはモーラという音のまとまりと対応しています。そのため、文字を見て音にすることそのものは、比較的習得しやすい書記体系だと考えられています。一方、漢字では、一つの文字が意味をもち、同じ漢字に複数の読み方があるなど、仮名とはまた違った手がかりを使って読む必要があります(Wydell, 2023)。

 だからといって、英語と日本語で「読むために必要な力」がまったく別物というわけでもありません。日本語の読みでも音韻処理は重要です。ただ、どのくらい細かな音を手がかりにするのか、文字と音の対応がどのくらい規則的なのかによって、読むときに求められることの重みづけが変わってくるということです。

 こうした違いは、ディスレクシアの「見え方」にも関係します。文字と音との対応が比較的一貫している書記体系では、文字を正確に音にできても、読む速さや流暢性に難しさが残ることがあります。一方、英語のように文字と音との対応が複雑な書記体系では、読む速さに加えて、正確に読むことの難しさも目立ちやすくなります。

 同じ「読むことの難しさ」でも、使っている言語や文字体系が変われば、その現れ方は同じとは限らないのです。

 では実際に、日本語では比較的よく読めるのに、英語になると強くつまずく、ということはあるのでしょうか。

この記事はサポートメンバー限定です

続きは、6189文字あります。

下記からメールアドレスを入力し、サポートメンバー登録することで読むことができます

登録する

すでに登録された方はこちら

サポートメンバー限定
文字だけを見ても、読みはわからない ―日本語の語彙とディスレクシアー
サポートメンバー限定
日本語ではディスレクシアは少ないの? ― 書き言葉のしくみの違いから考...
サポートメンバー限定
「知っていることば」が読みやすさを変える―単語属性と語彙の関係から考え...
サポートメンバー限定
「読むのが大変」は、その人だけの問題? ―単語にも「読みやすさ」がある...
サポートメンバー限定
「知っている言葉」はなぜ読みやすい? ―単語の“親しみやすさ”から考え...
サポートメンバー限定
その検査結果、子どもの生活につながっていますか―検査結果を「支援の言葉...
読者限定
「勉強につまずく」子どもは増えたのか、見え方が変ったのか
サポートメンバー限定
教科書をみんなが「読める」形に -デジタル化で見失いたくないアクセシ...