文字だけを見ても、読みはわからない ―日本語の語彙とディスレクシアー
3人の先生のニュースレターは、こどもの発達や障害、広く保育や教育に関して気になるニュースや最新の研究を取り上げます。川崎・奥村・荻布のそれぞれの専門性を活かしながら子どもの発達支援や教育・社会福祉のエビデンスを深堀し、経験値をエビデンスとして皆様の生活に還元しようとする試みです。根拠の乏しいハウツーとは一線を画して、間違いの少ない情報を届けたい人に届けていくことを目標にしています。

ディスレクシアというと、「正しく読めない」「流暢に読めない」「デコーディングが苦手」といったところに注目が集まりやすいと思います。
もちろん、そこは重要です。
でも実は、国際ディスレクシア協会(IDA)の定義でも、読みの困難によって読む経験そのものが少なくなり、その結果、語彙や知識の発達にも影響しうることが明記されています。2025年の改訂定義でも、読み書き経験の減少が言語や知識の発達を妨げうることが改めて示されています。
つまり、読みと語彙は最初から切っても切り離せない関係にあります。
文字を見れば、だいたい意味は分かる。
何について書いてあるのかも思い浮かぶ。
それなのに、いざ声に出して読もうとすると、正しく読めない。
そんなこともあります。
今回はディスレクシア月間にあわせて、いつもの「文字から音へ」という方向だけでなく、語彙の側から読みを見ると何が見えてくるのかを考えてみたいと思います。
1.そもそも「語彙」って何だろう
「語彙力が大切」と聞くと、まず「たくさんの言葉を知っていること」を思い浮かべるかもしれません。
もちろん、知っている言葉の数は大切です。
でも、語彙は単なる「単語の数」だけではありません。
ある言葉を見たり聞いたりしたときに、
「聞いたことがある」
「意味が分かる」
「自分でも使える」
「似た言葉との違いが分かる」
「どんな場面で使う言葉なのか分かる」
というように、私たちは一つの言葉についてさまざまな知識を持っています。
つまり語彙とは、頭の中に単語カードがたくさん並んでいるようなものではありません。
音、文字、意味、イメージ、使われる場面、そして自分自身の経験が結びついたネットワークとして考えた方が近いでしょう。
そして語彙には、どれくらい多くの言葉を知っているか、一つの言葉をどれくらい豊かに理解しているか、必要な言葉にどれくらい素早くアクセスできるか、といった側面もあります。
臨床的にみれば、語彙が多ければ使える言葉の「引き出し」が増え、意味の広がりはその言葉の使いやすさにつながり、必要な言葉へ素早くアクセスできれば実際の読みや会話でも取り出しやすくなります。
そして大事なのは、この語彙のネットワークが、言葉の意味を理解するときだけでなく、文字を読むときにも使われているということです。
よく知っている言葉なら、文字を見た瞬間に意味や音が思い浮かびやすい。一方、ほとんど出会ったことのない言葉では、文字を一つずつ追えても、すぐには一つの言葉としてまとまらないことがあります。
私たちは、文字だけを見て読んでいるわけではありません。
これまでに蓄積してきた語彙の知識を使いながら読んでいる。
そして、ここが面白いところです。
読みが語彙を育て、育った語彙が、また次の読みを支える。
読みと語彙は、一方向の関係ではありません。縦断研究でも、読字・語認識と語彙は小学校期を通して相互に影響しあうことが示されています。