『好き』から始まるインクルージョン —世界自閉症啓発デーに考える理解のあり方—
3人の先生のニュースレターは、こどもの発達や障害、広く保育や教育に関して気になるニュースや最新の研究を取り上げます。川崎・奥村・荻布のそれぞれの専門性を活かしながら子どもの発達支援や教育・社会福祉のエビデンスを深堀し、経験値をエビデンスとして皆様の生活に還元しようとする試みです。根拠の乏しいハウツーとは一線を画して、間違いの少ない情報を届けたい人に届けていくことを目標にしています。

つい先日、一枚のTシャツを購入しました。前々から気になっていたブランド、HERALBONY(ヘラルボニー)の東京銀座店を訪れたときのことです。
感じて、知る、経験
HERALBONYは、学会などのときにとても素敵なブラウスを着ていらっしゃる先生方がいらっしゃるのを見ていて知っていました。洗練されたデザインが印象的で、調べてみると、いわゆる「福祉的文脈」とは異なる文脈で成立しているプロダクトであることに興味をそそられました。そしてシンプルに私の好みともピッタリだったのです。
その後、銀座に路面店があること、そして実際に作品を手に取りながら選べる空間があることを知り、機会を見て訪れてみたいと考えていました。今回訪れたのは、ちょうどHERALBONY LABORATORY GINZA1周年のタイミングでした。
店内にはカラフルで多様なデザインが並んでいて、いずれも強い個性を放っていました。その中から、特に何かを意識することなく、純粋に「良い」「この夏に着たい」と感じた一枚を選びました。絵具をつけたボールをポンポンとしながら描かれている、その行動がアーティストにとっては落ち着くのだ、ということをスタッフさんから教えてもらいました。そして帰宅後、そのデザインが自閉症のアーティストによる作品であることを知りました。

障害者アート…?
HERALBONYは、主に知的障害のアーティストの作品をライセンス化し、衣服や雑貨、空間デザインなどに展開している企業で、その特徴は、作品を「支援の対象」としてではなく、「固有の表現としての価値」を持つものとして扱うところにあります。
従来、「障害者アート(あるいはアール・ブリュット)」は、福祉的支援や社会参加の文脈で語られることが多いといえます。もちろんそれ自体は重要な側面であるといえますが、一方で、作品の審美的価値や創造性が十分に評価されてこなかった側面も指摘されています。近年では、障害のある人の表現を、文化的・芸術的実践として位置づけ直す動きが広がっていて、HERALBONYの取り組みは、その一端を担うものです。作品をビジネスの市場に繋げることで、「評価の枠組み」そのものを拡張しようとする試みとも捉えることができます。
今回の経験をLetterで書き残しておきたいと思った一番の理由は、私がTシャツを「背景を知らずに選んだ」という点です。しばしば、障害に関連するさまざまな作品の購入は、「支援」や「社会貢献」といった動機と結びつけて語られがちです。しかし、お洋服にしろ何にしろ一般的な購買動機は、「単に良いと思ったから選ぶ」というほうが自然かもしれません。このような選択のあり方は、表現が特定の属性から自立して評価されるというところで、重要なのかもしれません。
毎年4月2日は世界自閉症啓発デー
4月2日は、国連が定める「世界自閉症啓発デー(World Autism Awareness Day)」です。2007年の国連総会において制定され、自閉スペクトラム症(ASD)に関する理解の促進を目的としています。自閉スペクトラム症は、社会的コミュニケーションや相互作用の特性、および限定された興味や反復的行動といった特徴によって定義される神経発達症の一つです。自閉症啓発デーにおいては、正確な知識の普及や社会的理解の促進が重要であることは言うまでもありません。しかし同時に、「理解すること」を強く意識するあまり、当事者の存在が常に説明の対象として位置づけられてしまう側面もあるのです。ほら、ちょっと前の私が小難しく説明していたように、です。
今回のように、「良い」と感じたものを選び、その後に背景を知るという経験は、理解のあり方にすこしちがったルートを提案しているかもしれません。先に価値や魅力への直感的なときめき(=何らかの反応)があり、その後に認知的理解が追いつくという順序です。
このようなプロセスは、特別なものではなく、むしろ日常的な文化経験の多くは、このプロセスによって成り立っているように思うのです。その意味で、障害のあるアーティストの作品に対しても、「まず惹かれる」という経験が広がることは、特別な配慮や善意とは異なるインクルージョンの一形態であると考えられます。
啓発とは、知識の伝達にとどまらない、自分との関係のあり方を更新していく過程のことなのかもしれません。その一つのかたちとして、意図せず出会い、結果的に理解へと至るような経験もまた、よいのかもしれません。

街がウォームブルーで照らされる日
明日は世界中どこの地域でも、ランドマークが青く灯されたり、何かしら「青」が目につくのではないでしょうか。なんとなく「きれいな青色だな」「ライトアップが素敵」。そこからで始まるかかわり方も、十分に意味のあるものだと思います。
ご参考まで。
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