子どもに「ストレスマネジメント」の学習の機会を。

つい先日、日本臨床心理士会から「学習指導要領『心の健康・心のサポート』提言書」が文部科学省に提出されました。「ストレスマネジメントなどの予防的対応」はスクールカウンセラーの業務の1つとして位置づけられており(文部科学省,2007)、かねてから学校教育における心の健康教育の実践のニーズは高いはずです。なぜ今、このタイミングで、改めて「お願い」の提出に至ったのでしょうか…(荻布)
川﨑・奥村・荻布 2025.05.31
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  2025年5月15日、日本臨床心理士会から「次期学習指導要領への「心のサポート・心の健康」に関する学習内容掲載検討のお願い」が文部科学省に提出されたというニュースが飛び込んできました。心理業界に身を置くわたしとしても、あっと驚きました。

日本臨床心理士会「学習指導要領「心の健康・心のサポート」の提言書」

 これは2025年度から本格的な改訂議論が始まっている次期学習指導要領に、心の健康および心のサポートに関する内容を盛り込み、義務教育段階で系統的に学ぶ機会を設けてもらいたいという提言です。学習指導要領とは、全国どこの学校でも一定の教育の水準が保てるように文部科学省が定めている教育課程(カリキュラム)のことです。およそ10年に1度のペースで内容の見直しと改訂がなされており、次の改訂は2030年度に予定されています。具体的な提言の内容は、①道徳科における「心のサポート」の学びの導入と、②保健体育科における「心の健康」単元の全学年への拡充の2つです。

 これに類するものとして「(提言)子どものストレスマネジメントの社会実装に向けて」という提言書を、2023年8月にストレスマネジメント学会が出しています。こちらは教科への言及はありませんが、具体的に子どもがストレスマネジメントを実践的に学ぶことができるよう、小1から高3まで各学年につき、年間6時間以上が確保できるようは学習指導要領の改訂と、それまでの間は総合的な学習や特別活動等の枠組みでストレスマネジメント教育が実施できるように通知等を出してほしい、というものです。ストレスマネジメント学会のいうストレスマネジメント教育には、臨床心理士会の提言にある心のサポートの学びと心の健康の学習の双方が包含されています。

 いずれの提言も、義務教育段階で心の健康教育および災害・事件等への備えを含めた心のサポートに関する学びを教育課程の中に位置づけ、子どものうちから系統的に学ぶ必要性を強く訴えているものです。

心の健康教育とは?ストレスマネジメント教育とは?

 ストレスマネジメントとは「ストレスに対するコーピングによって、ストレスを個人委取って最適な状態にするための介入方法(津田ら,2004)」と定義され、このストレスのコントロール方法の理解を促していくことを「ストレスマネジメント教育」といいます。

 学校で不登校やいじめ、暴力問題、無気力、引きこもり、自傷などの問題が起こると、その背景には学校ストレスの問題があると指摘が繰り返されてきています。学校ストレッサーの経験が多く、それをネガティブに評価している子どもほど、ストレスの表出が強くなったり、主観的な学校適応感が低くなるということも指摘されています(嶋田,1998)。また発達障害特性を持つ子どもたちは、特性ゆえにストレスにさらされやすく、学校不適応が強まりやすいということも知られています。

 この状況に対応する取り組みの一つとして、ストレスマネジメント教育があります。学校の中でこのストレスマネジメント教育を担ってきたのは、もちろん学級担任や多くは養護教諭やスクールカウンセラーであったといえます。スクールカウンセラー(SC)が授業をするというと違和感があるかもしれませんが、実際には特別活動などでの講話の形などでの実践が考えられます。「ストレスマネジメントなどの予防的対応」はSCの業務の1つとして位置づけられていますので(文部科学省,2007)、学校におけるSCの活用方法としては適切であるといえるでしょう。わたし自身も小学校でストレスマネジメントの講話をした経験があります、この時は養護教諭の先生が企画しコーディネートしてくださいました。また一部では通級指導教室で取り入れられている場合もあるようです。

 歴史的には、動作法をはじめとしたストレス反応を直接低減させることに対する有効性が広く認められてきており、実践が積み重ねられてきています。さらに心理的ストレス研究の発展に伴い直接的なストレス反応の低減のみならず、児童生徒のストレス耐性をあげる(予防的教育とでもいいましょうか)ことを目指した取り組みも広まってきています(尾棹ら,2020)。現状のストレスマネジメント教育の具体的な手法を整理すると、動作を通した心理療法である「臨床動作法型」、運動やリラクゼーション等を通じて行う「身体活動型」、認知や行動に着目したスキルの拡充を扱う「認知行動療法型」の3つの流れがあるといえます。

Figure 1. 児童生徒のストレスマネジメントモデル:嶋田(1998 )p. 265, Fig. 9-1 を尾棹ら(2021)が一部改変したもの。

Figure 1. 児童生徒のストレスマネジメントモデル:嶋田(1998 )p. 265, Fig. 9-1 を尾棹ら(2021)が一部改変したもの。

 この模式図はストレス生起に至るプロセスに合わせて、それぞれの段階に合わせた介入技法を取り入れえて体系化された認知行動療法型のストレスマネジメントのモデルです。従来実践されてきたリラクゼーションは、ストレス反応の表出を直接的に低減させる(=リラックスする)一つの方法として位置づけられているといえます(尾棹ら,2020)。現在のストレスマネジメントは、ストレスの生起のプロセスを理解・気づき、それによって生じるネガティブな影響に対処するスキル=コーピングスキルを習得することに重きが置かれているといえます(小関ら,2024)。

 このようなストレスマネジメント教育は学校教育にも取り入れられ、本邦における施策の一部としても取り上げられています。では、具体的に学校教育のどの場面で実践されているのでしょうか。

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